ピュアなものに惹かれるということ

ぼくたち人間という生き物はきっと本能的にピュアなものに惹かれるのだと思う。

 

清流、晴天、澄んだ海、綺麗な砂浜、清らかな気持ち、清々しい気持ち、赤ちゃんの笑顔、空気を読まない子ども発言、濁りのない心、純真、純愛。

 

人の気持ちの一番奥底にはそういうピュアなものがあるのだと思う。

 

 

 

ところが、日常生活ではそういうピュアなものや気持ちにふれることは少なくて、

 

目の前の問題をすぐに解決するにはどうしたら良いのか!?とか、

 

利害関係者の顔色をうかがいながら仕事をしなくちゃいけなかったり、

 

子どもだったら親の機嫌をうかがうとか、

 

親だったら子どもが悪さしてないか目を光らせていなくちゃいけなかったりとか、

 

気持ちがワチャワチャ、イライラ、モヤモヤしていることが多いのではないでしょうか!?

 

 

 

それでつい身近な人や家族と口論になったりして、

 

さらに嫌な気持ちが増幅しちゃったりして、

 

気持ちがすさんだり、

 

SNSで裏アカで××××…とか、

 

まあ、いろいろとあると思います。

 

 

 

そういうときに、

 

目先の相手の行動を否定したり、怒ったり、叱ったり、なげいたりしても、

 

その真意は相手に伝わらず、

 

感情的な怒りのエネルギーだけが伝わってしまい、

 

さらに口論になったり、大人げないとお互いに我慢しても不満を溜め込んだ状態になってしまう。

 

なぜならば、相手は自分自身を否定されたと認識するから!

 

自分が相手のことを否定したくなるのは、

 

自分の心の奥底の大事に思っていることがあるから。

 

さらにその奧にはどういう気持ちがあるのか!?

 

例えば、上司が部下にダメ出しをしているときは、

 

協力して良い結果を出してお互いに幸せになりたいからなんじゃないでしょうか!?

 

 

 

ぼく自身「NOからの解放ゲーム」をプレイしていたくらいなので、

 

人を否定してもなにも良い結果は得られないので、

 

否定するよりも代替案を提案しようという考え方は凄くあったのですが、

 

否定しているのは、人として、自分の心の奥の大事にしていることがあるからなのです。

 

ときちんと相手に伝えることによって人と人の分離を越えられるのだと、

 

先日由佐 美加子さんから教えてもらいました。

 

これも人間がピュアなものに惹かれるからだと思いました。

 

どうもありがとうございました。

 

 

 

今日もここまで読んでくださって本当にありがとうございました。

 

生きていることに感謝です(^∧^)