分離の苦しみとインクルージョン

昨晩は、ありえること鈴木 利和さんが主催するTPPS(徹底的にパクって進化させる会)で、ホラクラシー経営やティール組織の勉強の一環としてダイアモンドメディアの武井さんをゲストにむかえたで会で出会った4人がネット上に集まり、振り返りのzoomの会をやりました!

 

 

メンバーは

 

ヒロキ社長こと川端宏樹さん

 

ブラジル人でソニーとリクルートを経て現在ベンチャー社長のドリーことGustavo Doreさん

 

ソニーで組織開発系のお仕事をされている吉田聖さん

 

 

 

そのときにこれからは「分離」から「統合」へという話しがでました。

 

そこで「分離の苦しみ」という話しを思い出したので、書いてみようと思います。

 

ぼくはうんちマンとして生きていて、

 

マインドフルネスや仏教の専門家の方から

 

分離の苦しみということを教えてもらいました。

 

うんちをはじめ、鼻くそもつばも髪の毛もフケや爪なども、いまのいままで自分の一部だったものが、分離したとたんに、自分のものとは思えず、「臭い、汚い、恥ずかしい」不浄な存在として感じられてしまうことが「分離の苦しみ」なのであると…。

 

なるほど、そのとおりだと、UN理論とも森山直太朗さんの名曲「うんこ」とも通底する考えだと思いました。

 

 

 

その後、とはいえそれにあてはまらないものってなにかあるのかな…!?と考えていたら、

 

おお!(゚∀゚*)ノ「母親と赤ちゃんだけは違うじゃん!」と思ったのです(゚∀゚*)ノ

 

自分の体内から分離されるものとして、

 

たぶん、恐らく、ゆいいつ赤ちゃんだけは、生まれたてはお猿さんみたいな生き物なのに、母親は愛おしく可愛らしく感じられるのだと思います。

 

まさに、「産みの苦しみ」から生まれた母子の愛が「分離の苦しみ」を凌駕したということなのかもしれません。

 

出産経験のある女性のみなさん、いかがでしょうか!?

 

 

 

また、

 

善悪よりも、好き嫌いから発生するからこその自然経営(JINEN)なのだろう!

 

ホラクラシーやティールを教えられてはじめるよりも、自ら気づき考えた、はじめたり、試したりしたことの方が地に足がついた企業文化や風土となりやすいだろうという話しもでました。

 

 

 

 

今日もここまで読んでくださって本当にありがとうございました。

みなさんにとって今日も大切な気づきがありますように(*゚▽゚*)

 

P.S.

自分と人の感覚的、生理的な境界線がなくなると、インクルージョンしちゃうのでしょうねヽ(´ー`)ノ